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アンテナ

クロス八木アンテナの基本的な理論

クロス八木アンテナ オンエアーズ onAirs

クロス八木アンテナの概要

アマチュア無線におけるクロス八木アンテナは、そのユニークな特性から、特定の用途で非常に有効に活用されます。主な用途としては、以下の点が挙げられます。

1. アマチュア衛星通信(SATCOM)

クロス八木アンテナの最も代表的な用途は、アマチュア衛星との通信です。

  • 偏波面の変化への対応: アマチュア衛星は、地球の周回軌道を移動しており、その姿勢や地球局との相対的な位置関係によって、衛星から発射される電波の偏波面が常に変化します。地上の固定局から見ると、受信する電波の偏波が水平、垂直、円偏波(右旋円偏波、左旋円偏波)の間で絶えず変動します。
  • 安定した通信の確保: 単一の偏波(例:水平偏波のみ)のアンテナでは、偏波面が合致しない時に信号強度が極端に低下し、通信が途切れてしまう可能性があります。クロス八木アンテナは、水平偏波と垂直偏波の両方を同時に送受信できるため、どのような偏波面で電波が飛んできても、比較的安定して受信することができます。
  • 円偏波対応: 2つの直交する八木アンテナの給電点に適切な位相差(90度)を与えて給電することで、円偏波(右旋円偏波または左旋円偏波)の電波を送受信することも可能です。これにより、さらに安定した衛星通信が可能になります。多くの衛星が円偏波を使用しているため、この機能は非常に重要です。
  • ドップラー効果への対応: 衛星通信では、衛星の高速移動によるドップラー効果で周波数が変動しますが、クロス八木アンテナ自体がドップラー効果を補償するわけではありません。しかし、安定した信号を受信できることで、ドップラーシフトの追従がしやすくなります。
クロス八木アンテナ オンエアーズ onAirs

ARISS スクールコンタクトでISSとの交信に使われたクロス八木アンテナ

2. 遠距離通信(DX通信)におけるフェージング対策

特にVHF帯やUHF帯での**遠距離通信(DX通信)**において、クロス八木アンテナはフェージング対策として有効です。

  • 電離層反射やダクト伝搬: V/UHF帯のDX通信では、電離層反射(Eスポなど)やトロポスフェリックダクト(対流圏ダクト)などの特殊な伝搬モードを利用することがあります。これらの伝搬経路では、電波の偏波面が伝搬中に変化(回転)することがよくあります。
  • 信号強度低下の抑制: 単一偏波のアンテナでは、偏波面が合わない瞬間に信号が急激に弱まる「偏波フェージング」が発生し、通信が中断することがあります。クロス八木アンテナは、水平・垂直両偏波に対応するため、このような偏波フェージングの影響を受けにくく、安定した通信を維持しやすくなります。
  • 相手局の偏波が不明な場合: DX通信では、相手局がどのような偏波のアンテナを使用しているか不明な場合も多々あります。クロス八木アンテナであれば、どちらの偏波にも対応できるため、交信確立の可能性が高まります。

3. モバイル運用・移動運用

限られたスペースや設置状況で、多様な通信に対応したいモバイル運用や移動運用でも利用されることがあります。

  • 汎用性: 移動先で相手局がどのような偏波のアンテナを使用しているか不明な場合でも、クロス八木アンテナがあれば、ある程度の対応が可能です。
  • 利便性: 複数種類のアンテナを持ち運ぶ必要がなくなるため、運搬や設営の手間を減らせる場合があります。

4. 特殊な通信モード

  • 偏波ダイバーシティ受信: 受信側で水平・垂直両方の偏波信号を同時に受信し、より良好な信号を選択したり、合成したりする「偏波ダイバーシティ受信」を行う場合に、クロス八木アンテナは理想的なアンテナとなります。これにより、ノイズやフェージングに強い受信システムを構築できます。
  • ビーコン受信: 特定の電波源(ビーコン)の信号を継続的にモニターする際に、偏波の変動に左右されずに安定して信号を捉えたい場合にも有効です。

クロス八木アンテナは、水平偏波用と垂直偏波用の2つの八木アンテナを、給電点を共有するように直交させて配置したものです。それぞれの八木アンテナは、単体の八木アンテナと同様に、導波器(Director)、放射器(Driven Element)、反射器(Reflector)で構成されます。

  • 指向性: 各八木アンテナは、導波器側に向かって電波を放射し、反射器側からの電波を反射する指向性を持ちます。クロスさせることで、水平方向と垂直方向の両方に指向性を持つことになります。
  • 偏波: 放射器に給電することで電波が発生しますが、放射器の向きによって電波の偏波が決まります。水平に配置された放射器からは水平偏波、垂直に配置された放射器からは垂直偏波の電波が放射されます。
  • 給電: 2つの放射器は通常、1つの給電点で接続されます。これにより、1本の同軸ケーブルで水平・垂直両方の偏波を送受信することが可能になります。
  • インピーダンス整合: 2つの放射器を並列に接続するため、それぞれの放射器のインピーダンスを考慮して、給電点でのインピーダンス整合を行う必要があります。一般的には、それぞれの放射器のインピーダンスを約50Ωに設計し、並列接続後のインピーダンスが約25Ωになるのを、整合回路(バランなど)を用いて50Ωに変換します。

クロス八木アンテナの設計と製作

クロス八木アンテナの設計は、使用する周波数帯、目標とするゲイン、指向性などによって大きく異なります。ここでは一般的な製作の流れと注意点を示します。

1. 設計

  • 周波数帯の決定: まず、運用する周波数帯を決定します。これにより、各エレメントの長さや間隔が決まります。
  • 素子数の決定: 目標とするゲインや指向性に合わせて、導波器の数、反射器の数を決定します。一般的には、導波器の数を増やすほどゲインと指向性が高くなりますが、複雑さも増します。
  • エレメント長の計算: 使用する周波数帯の中心周波数に基づいて、放射器、導波器、反射器の長さを計算します。基本的な計算式は以下の通りです。
    • 放射器長: (短縮率はエレメントの太さなどによって異なりますが、一般的には0.95程度)
    • 反射器長: 放射器長よりも5%程度長く
    • 導波器長: 放射器長よりも5%程度短く (導波器の位置が放射器に近いほど短くします) ここで、 は波長で、 (c: 光速、f: 周波数) で計算できます。
  • エレメント間隔の決定: 放射器と反射器の間隔、放射器と各導波器の間隔を決定します。一般的には、放射器-反射器間隔は0.15λ〜0.25λ程度、導波器の間隔は0.1λ〜0.2λ程度とされますが、最適値はシミュレーションによって求めるのが理想的です。
  • ブーム長の決定: エレメントの数と間隔によってブームの長さが決まります。
  • マウント方法の検討: 2つの八木アンテナを直交させるためのマウント方法を検討します。頑丈で、かつ電気的な影響が少ない絶縁性の素材を使用することが望ましいです。

2. 材料の準備

  • エレメント: アルミパイプやアルミ棒など、導電性の良い材料を用意します。エレメントの太さもインピーダンスに影響するため、設計に合わせて選択します。
  • ブーム: アルミパイプや角材など、強度のある軽量な材料を用意します。
  • マウント: 2つのブームを直交させるための金具やパイプ、絶縁性の素材(FRPなど)を用意します。
  • 給電部: 同軸ケーブル、整合回路(バラン)、防水処理のための部材を用意します。
  • その他: ネジ、ボルト、ナット、絶縁テープなど、組み立てに必要な部品を用意します。

3. 組み立て

  • エレメントの加工: 設計した長さに合わせてエレメントを切断し、必要に応じて穴あけなどの加工を行います。
  • ブームへの取り付け: エレメントをブームに固定します。エレメントとブームの接点は電気的に接続しないように、絶縁性のクリップやマウントを使用するのが一般的です。
  • 2つの八木アンテナの組み立て: 水平偏波用と垂直偏波用のブームを、設計した間隔で直交するようにマウントに固定します。この際、強度を確保することが重要です。
  • 放射器の接続: 2つの放射器の中心部分に給電点を設けます。それぞれの放射器から給電点までの長さを等しくし、電気的に接続します。
  • 整合回路の取り付け: 給電点にインピーダンス整合のためのバランを取り付けます。バランの種類(ヘアピンマッチ、ガンママッチ、1:1バランなど)は、放射器のインピーダンスや給電方法によって選択します。
  • 同軸ケーブルの接続: バランに同軸ケーブルを接続します。接続部は防水処理をしっかりと行います。

4. 調整

  • SWR測定: アンテナアナライザーなどを用いて、設計した周波数帯域でのSWR(定在波比)を測定します。SWRが高い場合は、放射器の長さ、エレメントの間隔、整合回路などを調整します。
  • 共振周波数の調整: 必要に応じて、エレメントの長さを微調整し、SWRが最も低くなる周波数を設計周波数に合わせます。
  • 指向性の確認(簡易的): 電波の発射・受信テストを行い、意図した方向に指向性があるかを確認します。本格的な測定には、電波暗室などの設備が必要です。

製作上の注意点

  • 正確な寸法: エレメントの長さや間隔は、アンテナの性能に大きく影響します。設計図に基づいて正確に製作することが重要です。
  • 電気的接続: 各エレメントとブーム、給電部などの電気的な接続不良は、アンテナの性能低下や故障の原因となります。確実な接続を心がけましょう。
  • 絶縁: エレメントとブームの接点など、本来電気的に接続してはいけない部分は、確実に絶縁する必要があります。
  • 強度: 屋外で使用するため、風雨に耐えられる十分な強度が必要です。特に、2つのアンテナを組み合わせるクロス八木アンテナは、風圧を受ける面積が大きくなるため、頑丈な構造を心がけましょう。
  • 安全対策: 高所での作業や工具の取り扱いには十分注意し、安全第一で作業を行いましょう。

シミュレーションの活用

近年では、アンテナ設計・シミュレーションソフトウェアが利用可能です。これらのツールを使用することで、エレメントの長さや間隔、給電方法などを詳細に検討し、事前にアンテナの特性を予測することができます。より高性能なクロス八木アンテナを製作するためには、シミュレーションの活用を強く推奨します。

クロス八木アンテナの製作は、根気と正確さが求められる作業ですが、完成したアンテナで良好な通信ができた時の喜びは格別です。安全に注意しながら、ぜひ製作に挑戦してみてください。

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